写真界の眠狂四郎、円月撮法中村友一 円月撮法百八箇条

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円月撮法百八箇条

一、写真家とは、映像を使った語り部である。
一、写真家とは、写真を志した者への総称である。プロもアマチュアも志を同一にしなければならぬ。
一、写真家は、常に健全堅固な肉体と精神の確立を心がけるべし。
一、写真家は、常に豊かな感性を育むべし。
一、写真家は、常に鋭い感覚を養うべし。
一、写真家は、常に柔軟な発想を心がけるべし。
一、写真家は、常に喜怒哀楽に従順であるべし。
一、写真家は、常に新鮮なる出会いに期待感を持つべし。
一、写真家は、常に発見の意欲を持ち続けるべし。
一、写真家は、枯れ木に花を見、モノトーンの世界に色を読み、闇に光を感じなければならぬ。
一、写真家は、文化の発展、向上に寄与すべし。
一、写真家は、独自の表現を持たなければならぬ。
一、写真家は、文化人としての自負を持たなければならぬ。
一、写真家は、撮る、観る、見せるを実行すべし。
一、写真家は、被写体の発する魅力に常に敏感であるべし。
一、写真家は、すべての常識に精通しておかなければならぬ。
一、写真家は、常に温故知新の精神を持ち続けるべし。
一、写真家は、時代の証言者であると心得るべし。
一、写真は、意味深いドキュメントであり、貫くような主張であると心得るべし。
一、写真は、発見、選択、判断、決断、実行の連鎖によって得られるものと心得るべし。
一、写真は、光と影の相乗効果によって得られるものと心得るべし。
一、写真は、極めて私的な視線によって得られるものと心得るべし。
一、写真は、常に枠をはめて切り取るものと心得るべし。
一、写真は、自己の審美眼と思想によって得られるものと心得るべし。
一、写真は、瞬間、時間を写し取る芸術であると心得るべし。
一、写真は、マテリアルを忠実に再現することが最大の武器であると心得るべし。
一、写真は、自己の意志が入っているものと心得るべし。
一、写真は、見せて、読ませて、対話するメディアであると心得るべし。
一、写真は、読むもの、聞くもの、感じ取るものと心得るべし。
一、写真は、見る側を感動に導かなければならぬ。
一、写真は、補足の意味での言葉、文字は必要なきものと心得るべし。白黒写真は、無彩色の中に色を感じ取るべし。
一、ストロボ光は、暗いから使うという単純発想であってはならぬ。
一、主光源は一つであり、補助光はそれを越えてはならぬと心得るベし。
一、暗いから高感度フィルムという単純発想は慎むべし。
一、フィルムは生ものであり、乾所、冷所、暗所に保存し、速やかに消費すべし。
一、フィルターは、隠し味に使うべし。
一、フィルターの面白効果に溺れることなかれ。
一、広角レンズは、被写体の懐に入って使うべし。
一、望遠レンズは、逃げ腰で使うべからず。
一、ズームレンズの利便性に溺れることなかれ。
一、適性露出は、決して一つではない。十人十色の露出があると心得るべし。
一、適性露出とは、つまるところ「作品値」であり、決して平均値ではない。
一、露出補正とは、自己の表現意図を強調するテクニックと心得るべし。
一、構図は、撮影意図により自ずと形成されるものと心得るべし。
一、時には、アンバランスという面白い構図にも挑戦すべし。
一、本音と建て前の世界であろうとも、写真は本音で語らねばならぬ。
一、ピントは、自己の視点を表すものと心得るべし。
一、ピントの位置は、鑑賞する人の視線を留める場所であると心得るべし。
一、ピントの位置は一点のみである。被写界深度を誤解することなかれ。
一、被写界深度とは、ピントの合っている範囲のことではなく、ピントが合っているように見える範囲のことと心得るべし。
一、被写界深度は、ピントの位置より前に浅く、後に深いと心得るべし。
一、きれいな光にのみとらわれず、影に注視すべし。
一、ブレ、ボケ、カブリ、ハレーションも、テクニックとして応用すべし。
一、トリミングは逃げ、フレーミングは攻めの技と心得るべし。
一、撮影には、強靱な体力が必要である。それは、肉体的体力、精神的体力、知的体力である。
一、撮影の成功は、データの蓄積から成るものと心得るべし。
一、撮影を敢行するにあたり、危険は回避し、困難には立ち向かうべし。
一、素晴らしい作品からは、必ず作者の言葉が聞こえてくるものである。
一、失敗作の中には成功のためのデータが込められているものと心得るべし。
一、増感現像とは、露出の失敗を救済することにあらず。減感現像もしかり。
一、増感現像は、滑らかさを捨て、粗粒子効果を引きだすテクニックと心得るべし。
一、三脚は、使わずとも持参すべし。
一、失敗作の原因を、機材のせいにするべからず。
一、必撮、機に在り、変化、時に応ず、事に臨んで、心を動ずることなかれ。
一、写真は、百聞は一見に如かず、見れば解るものと心得るべし。
一、写真は、本物を写す、真実を撮ると肝に銘ずべし。
一、写真は、軽快なフットワークと心のリズムによって得られるものと心得るべし。
一、写真は、写るものではなく、写すものと心得るべし。
一、写真は、省略できない宿命を有するものと心得るべし。
一、写真は、不必要なものが省略不可能な場合は撮るべからず。
一、写真は、容赦なき静止画である。常に引き算の意識を持つべし。
一、写真は、被写体との出合いを求めに行くものと心得るべし。
一、写真は、被写体の心理を読むことから始まると心得るべし。
一、写真は、他人を撮ったつもりであっても自己が写るものと心得るべし。
一、写真は、未来に向けてのメッセージであると心得るべし。
一、写真は、撮るべきか、撮らざるべきかの判断が重要と心得るべし。
一、写真は、感受性の鋭さが良否を決定すると心得るべし。
一、写真からは、一節の言葉や文字が読み取れなければならぬ。
一、写真には、主題があり、それは必ず一つであると心得るべし。
一、写真の善し悪しは、被写体への思い入れに比例するものと心得るべし。
一、写真作品は、技術、感覚、感性の合体から成るものと心得るべし。
一、被写体とは、現存する物体、状況のみにあらず。心理、心象も被写体となると心得よ。
一、被写体との出合いは、極めて偶然と瞬間であると心得るべし。
一、被写体との出合いは、常に一期一会であると心得るべし。
一、被写体となるものすべてに信義礼節を尽くすべし。
一、被写体を尊ぶことにより「美」が生まれると心得るべし。
一、被写体の存在は無限であり、写真家はその選択に始終するものと心得るべし。
一、カメラは、人間が操作するものと心得るべし。
一、カメラは、肉体の一部と心得るべし。
一、カメラに魂を移入すべし。
一、シャッターチャンスとは、被写体との激しい心理戦と心得るべし。
一、シャッターチャンスは、待つだけではなく引き出すものと心得るべし。
一、シャッターは、指で押すものではなく、心の指令によって操作せねばならぬ。
一、シャッターを切るということは、結果を定着させることと心得るべし。
一、一枚のフィルム、一枚の作品にこだわりを持つべし。
一、人間は、自然を支配することはできぬものと心得るべし。
一、自然は、常に動いているものと心得るべし。
一、自然に逆らうことなかれ、同化すべし。
一、自然に同化することにより、自然の力を利用可能と心得るべし。
一、大自然にも、自己のライティングを施すべし。
一、ライティングとは、時間と天候との攻防戦である。
一、忍耐により、自然を動かすことが可能と心得るべし。
一、冬、雨、夜に臆することなかれ。
一、雨、風、雪を味方にすべし。
一、定石を破ることは、定石の礎を知っている者だけに許されると心得るべし。
一、作品を鑑賞する者は、そのフレームの中に入るべし。
一、肉眼は三次元、レンズは二次元と悟るべし。
一、技術はすべて習得し、感性、感覚は常に育むべし。

 円月撮法道場
 道主 中村 友一